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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20867号 判決 1999年3月26日

原告

エスエス製薬株式会社

右代表者代表取締役

甲山A夫

右訴訟代理人弁護士

北原潤一

井窪保彦

被告

a信用組合

右清算人

乙川B雄

右訴訟代理人弁護士

河野敬

長谷川健

引受参加人

株式会社整理回収銀行

(旧商号 株式会社東京共同銀行)

右代表者代表取締役

丙谷C郎

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

若林茂雄

島田邦雄

谷健太郎

半場秀

主文

一  被告及び引受参加人は、原告に対し、各自金二九億二五〇五万二五〇八円及び内金二八億九六一五万九六五九円に対する平成七年九月三〇日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告及び引受参加人の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対して定期預金、当座預金及び定期積金の各預金返還請求権を有しているとして、被告及び被告から右債務を含む事業の譲渡を受けた引受参加人に対し、右預金等の返還を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 原告は、医薬品等の製造販売等を業とする株式会社であり、被告に対する出資の法定限度額である一〇億円の出資口数を有している。

(二) 被告は、昭和二七年八月、中小企業等協同組合法(以下「中企協法」という。)に基づき設立され、預金及び定期積金の受入並びに貸付及び手形割引等の金融事業を行なう信用協同組合たる法人であって、払込済出資総額は一〇〇億〇三二七万七〇〇〇円である。また、被告は、原告の発行済株式総数の九・一六パーセントを保有する筆頭株主である。

(三) 引受参加人は、預金又は定期積金の受入れ、資金の貸付又は手形の割引及び為替取引等の金融事業を目的として設立された株式会社であり、平成八年三月二五日、中企協法五七条の三に基づき、被告から事業の全てを譲り受けたものであって、同年九月二日、旧商号東京共同銀行から商号を変更した。

2  預金契約の成立

(一)(1) 原告は、被告との間で、次のとおり各定期預金契約を締結し、被告に対し各金員を預け入れた。

① 預入日 平成七年三月三一日

金額            二〇億円

利率     年二・五七〇パーセント

満期日      平成七年九月二九日

(以下「定期預金一」という。)

② 預入日 平成七年六月三〇日

金額             三億円

利率     年一・八五〇パーセント

満期日      平成七年九月二九日

(以下「定期預金二」という。)

③ 預入日 平成七年六月三〇日

金額             二億円

利率     年一・八五〇パーセント

満期日      平成七年九月二九日

(以下「定期預金三」という。)

④ 預入日 平成七年六月三〇日

金額        一億五〇〇〇万円

利率     年一・八五〇パーセント

満期日      平成七年九月二九日

(以下「定期預金四」という。)

(2) 原告は、被告に対し、平成七年九月二九日、右定期預金契約を解約する旨の意思表示をし、右同日、右定期預金の支払を催告した。

(3) 右定期預金一ないし四の満期日である平成七年九月二九日における右各定期預金に対する利息額は次のとおりである、

① 定期預金一 二五六二万九五八九円

② 定期預金二  一三八万三六九八円

③ 定期預金三   九二万二四六五円

④ 定期預金四   六九万一八四九円

(二)(1) 原告は被告との間で当座勘定契約を締結しており、平成七年九月二九日における当座預金残高は一億三六一五万九六五九円であった。

(2) 原告は、被告に対し、平成七年九月二九日、右当座勘定契約を解約する旨の意思表示をし、右同日、右当座預金残高の支払を催告した。

(三)(1) 原告は、被告との間で、次のとおり、定期積金契約を締結した。

① 契約日 平成六年一〇月三一日

期間               一年

毎月掛金         一〇〇〇万円

満期日      平成七年一〇月三一日

給付契約金      一億二一〇四万円

(以下「定期積金一」という。)

② 契約日 平成七年七月三一日

期間              一年

毎月掛金        一〇〇〇万円

満期日      平成八年七月三一日

給付契約金     一億二〇七八万円

(以下「定期積金二」という。)

(2) 原告は、被告に対し、右契約に基づいて、定期積金一について一〇か月分の掛金合計一億円(平成六年一〇月三一日一から同七年三一日まで)及び定期積金二について一か月分の掛金一〇〇〇万円(平成七年七月三一日分)、掛金合計金一億一〇〇〇万円を預け入れた。

(3) 原告は、被告に対し、平成七年九月二九日、右定期積金契約を解約する旨の意思表示をし、右同日、右定期積金の支払を催告した。

(4) 被告の定期積金規定によれば、右各定期積金の利息額は次のとおりである。

① 定期積金一 二五万九三三一円

② 定期積金二    五九一七円

(以下、右(一)ないし(三)の契約を合わせて、単に「本件預金契約」といい、右定期預金等を「本件預金」という。)

右のとおり、本件預金の元利合計は、二九億二五〇五万二五〇八円(元本二八億九六一五万九六五九円、利息二八八九万二八四九円)である。

3  被告の解散等

(一) 東京都は、金融秩序の維持と一般預金者保護を目的とし、協同組合による金融事業に関する法律(以下、「協金法」という。)及び銀行法二六条に基づき、平成七年七月三一日、被告に対して、一部の業務停止(業務停止命令)とその財産の保全(財産保全命令)を命じた(≪証拠省略≫)。

(二) 被告は、引受参加人(旧商号 株式会社東京共同銀行)との間において、平成七年一二月八日、事業譲渡契約を締結し、東京都の命令により被告が解散した平成八年三月二五日午前〇時をもって、被告の事業の全てを引受参加人に譲渡した(≪証拠省略≫)。右事業譲渡契約によって被告から引受参加人に譲渡された財産は、平成八年三月二五日午前〇時時点における被告の事業に属する動産、不動産、債権、債務等及びこれに付随する権利義務である(≪証拠省略≫)。

(三) 被告は、東京都労働経済局長から平成七年八月一日付「預金等の払戻しの自粛について(要請)」と題する書面の送付を受けたが、右書面は、被告関連会社に対する預金等の払い戻しの自粛を強く求める内容であり、関連会社の例示として原告の表示がある(≪証拠省略≫)。

二  争点

1  本件の主要な争点は、①本件預金債権の法的性質を単に預金債権と解すべきか、それとも実質的な出資金あるいは貸金債権と解すべきか、②預金債権であると解した場合、その返還請求権の行使は信義則違反及び権利濫用に当たるか、③本件預金の返還請求が認められると解した場合、遅延損害金の利率について商事法定利率の適用があるか、の三点である。

2(一)  本件預金債権の法的性質について

(1) 被告の主張

本件預金は、実質上、原告の被告に対する出資金と解すべきである。

原告は、被告に対し、平成六年三月七日、金二〇億円を自由金利型定期預金として預け入れた(なお、この定期預金を半年ごとに書き替え、平成七年三月三一日に最終的に書き換えたものが定期預金一である。)が当時、被告は、資金繰りに困窮しており、事業資金の獲得を強く必要としている状態であった。ところが、被告は中企協法に基づく信用協同組合であるところ、同法一〇条三項によれば、信用協同組合における一組合員の出資口数は出資口数の一〇〇分の一〇を超えてはならないとされており、当時、被告に対する原告の出資金総額はすでにほぼ一割に達していたため、他の出資者が同時に大口の出資を行うなどして出資金総額が増大するような格別の事情のない限り、原告が追加出資する余地は、法令上認められなった。しかも被告の関連会社は、当時、大量に保有していた原告会社の株式等を含む株価の低迷及び不動産価格の下落等により、経営状態が逼迫しており、独自に資金を調達して被告に資金を拠出することが不可能であった。これらの事情により、右預金当時、被告の関連会社は、協調して被告の出資金を増大させる方策をとることができず、原告が被告に対して資金繰りを援助するためには、預金の形態で資金援助を実行するほかはなかったのである。

ところで、被告の監督官庁である東京都は、被告に対し、再三にわたり、大口自由金利預金の受け入れを抑制すべき旨の指導をし、平成六年一月二五日、「検査の結果について」と題する指示示達書を交付して、強くその是正を指導した。被告は、同年二月二三日に「第一号議案都庁指示事項に対する解答書提出の件」を主な議題とする平成五年度第八回定例理事会を開催したが、その席において、原告の取締役を兼任する被告副理事長丁沢D介(以下「丁沢」という。)は東京都からの右指示事項を逐一朗読して説明し、原告の常務取締役を兼任する戊野E作(以下「戊野」という。)、同己原F平(以下「己原」という。)の両名を含めた出席理事全員は右指示事項に対する回答書を異議なく承諾した。このように、原告は、被告が監督官庁から自由金利定期預金の受け入れを是正すべき旨の指導を受けていたことを知っていたにもかかわらず、前記二〇億円の自由金利型定期預金を行ったものである。

さらに、右定期預金は、三和銀行など原告の他の取引金融機関との間の預金額のバランスを崩した異常に高額なものであることや、被告の預金口数のうち一〇億円を越える預金は〇・〇一パーセント程度である(平成七年五月一七日現在)ことなどの事情を合わせ考えると、原告の右定期預金は、通常の大口自由金利定期預金ではなく、実質的には追加の出資金であることが明らかである。

なお、被告は、請求原因に対する認否として、右定期預金を含む本件預金のすべてについて、預金であることを認める旨の答弁をしたが、これは、事実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから、前記主張に反する限度で撤回する。

(2) 引受参加人の主張

本件預金は、被告が不足資本を補填するため原告から借り入れた借入金と解すべきであり、中企協法九条の八によれば、資金の借入れは、信用協同組合の事業に含まれないことが明らかであるから、本件預金は、被告と引受参加人間の平成八年三月二五日付事業譲渡契約の対象に含まれないというべきである。したがって、仮に被告に本件預金の返還義務があったとしても、被告訴訟承継人は右義務を承継していない。

また、被告に対する信用供与を目的とする本件預金の経済的性質に着目すれば、本件預金は、実質的には出資であると解することもでき、この場合にはその返還請求権は信用協同組合である被告の経営が破綻した際には最も劣後する債務であって、全く返済を受けられない性質のものであるから、原告は他の出資者と同様に返還請求権を行使できない。

その他の主張は前記被告の主張を援用する。

(3) 原告の主張

本件預金契約は、原告の経理部が通常の資金運用の一環として、被告以外の多数の金融機関に対する預金や金融商品への運用と全く同様の認識で行ったものであり、これらを実行するに当たっては原告の経理担当取締役以外には、原告の代表取締役社長である甲山A夫(以下「A夫」という。)を含めたその他の原告の取締役らは一切関与していない。

また、本件預金のうち、定期預金一(預入日平成七年三月三一日)は平成六年三月七日付の定期預金を書き替えたものであり、定期預金二ないし四(預入日平成七年六月三〇日)は、定期預金二が平成六年三月一日、定期預金三が平成五年四月一六日、定期預金四が平成五年以前にそれぞれ開始された定期預金について書き替えたものである。

定期積金は、毎月一〇〇〇万円ずつ一二回にわたり、毎年一〇月末日に満期日となるように積み立てたものである。

したがって、本件預金債権の法的性質は、通常の預金債権と同じであり、被告らが主張するような実質上の出資金や貸付金でないことは明らかである。

なお、被告は、一旦、本件請求原因事実をすべて認めており、その後の自白の撤回には異議がある。

(二)  信義則違反及び権利濫用について

(1) 被告及び引受参加人(以下「被告ら」ともいう。)の主張

ア 原告の経営責任

原告は、本来被告の組合員たる資格を有するような小規模な事業者ではなかったが、沿革的な経緯からその組合員となっていたことや、被告に対して合計一〇億円を出資している最大の大口出資者であったことなどの事情から、次々と、原告の取締役等の役員を被告の理事に送り込んだ。すなわち、原告の代表取締役会長であった甲山G吉(以下「G吉」という。)が被告の理事長であり、原告の代表取締役社長であるA夫が被告の理事であったほか、平成六年三月当時、原告と被告の両法人の役員を兼任していた者は、戊野(被告理事)、己原(被告理事)、甲山H夫(被告理事)、丁沢(被告副理事長)、庚崎I雄(被告副理事長、平成六年から監事)など合計七名であった。このように、原告は、被告に対する出資、預金及び役員の派遣等を通じ、被告の実質上の理事として、その経営に参画し、実質的にも被告の経営に対して重要な影響力を行使しうる立場にあった。

しかも、右のような事情に照らすと、原告は、被告に理事として派遣した自己の代表取締役、常務取締役等をして被告の理事長の業務の執行を監視(中企協法三六条の二、三八条の二)させることができ、少なくとも一般預金者では入手することができないような経営状況に関する資料等を入手し得る地位にあったといえるから、他の一般預金者とは異なる地位にあったことが明らかである。

ところで、被告の営業報告書によれば、昭和六三年度ころからの被告における預金等と貸出金との比率は貸出金の割合が過大であり、貸出原資の一部を借入金に依拠していることが明らかである。にもかかわらず、原告は、被告の経営に異議を唱えることもなく、かえって、他の関連会社と同様に平成元年三月及び平成二年三月にそれぞれ各四億円、合計八億円の追加出資をするなど、被告の出資金総額の一〇〇億円達成に積極的に加担した。しかも、原告を除く関連会社の被告に対する出資の全部又は一部は、被告からの借入金によって賄われているものであって、いわば「見せ金」的性格の強い、不健全な出資であった。

また、被告は、監督庁である東京都から、継続的に業務改善事項についての指示を受けており、平成二年には預貸金の伸びの不均衡、経営効率、経営基盤の強化等について、同三年には大口定期預金及び借入金による資金調達の是正についてそれぞれ指示を受け、同四年には事業資金の調達を自由金利預金に頼り資金コストを高めている点と要注意貸出債権、管理債権が大幅に増加している点などを指摘され、同五年には資金使途の不明確な貸出、大幅保全不足による貸出、不良分類債権の異常な増加を指摘された。したがって、原告は、少なくとも被告の理事会における審議を通じ、東京都からの右のような指示を知っていたはずであるから、原告出身理事をしてその是正に努めるべきであった。

以上のように、原告は、信用協同組合である被告の法人組合員として、自己の役員を被告の理事と兼任させていることなどから、実質上の理事として被告の理事長の事業の執行を監督すべき立場にあり、しかも実質的には経営に積極的に関与していたにもかかわらず、理事長の事業の執行についての監視義務を解怠したものであるから、原告には被告の経営破綻についての経営責任がある。

イ 信義則違反及び権利濫用

原告の本訴請求は、いわば破産債権者が破産者の固有財産である破産財団に帰属しない資産を配当引き当て資産として債務の弁済を請求するのと酷似している。

被告は、自力で資金調達ができず預金の払出しに応じることができなくなった時点で、その経営が破綻し、全面的に行政庁の管理監督下に置かれたものである。監督行政庁である東京都は、関係機関と協議の上、被告が自ら調達する資金により預金払出しに応じ切れない事態に至ったことから、その経営が破綻したものと認定し、被告の一般預金者を保護し金融秩序を維持するために、公的資金を投入して破綻処理をすすめる方針(以下「本件処理スキーム」という。)を決め、協金法六条の準用する銀行法に基づいて、業務停止命令と財産保全命令を発し(銀行法二六条、二七条)、一方で預金保険機構の資金援助等により公的資金の拠出を実行した。

東京都は、信用協同組合について破産手続を回避しつつ破綻処理を進める会社更生手続、会社整理手続等の法的手続が整備されていなかったため、右のような緊急避難的な措置を採らざるを得なかったものであり、経営に責任のある関連会社の大口預金も他の一般預金者の預金と一切区別されることなく、すべての預金が平等に、全額弁済されなければならないとするのは、経営責任の追及を前提として公的資金の拠出を認める破綻処理の原則と相容れない。

原告の本訴請求は、監督行政庁たる東京都から信用協同組合の経営責任を有する特定債権者としてペイオフコストの負担を求められているにもかかわらず、法的手続が未整備であるため、たまたま公的資金の投入先が破綻金融機関ないしはその事業の全部譲渡を受ける受け皿である金融機関となることを奇貨として、被告の責任財産の範囲を超えた公的資金の恩恵を訴求するものであるといえる。

以上のように、本件処理スキームにおいて公的資金が投入されたのは、一般預金者を保護するためであって、仮にこの破綻処理策によらず、当時の法的倒産処理手続によったとするならば、原告は、被告の債権者としてペイオフコストの負担を余儀なくされる実情にあったことや、前記のとおり、原告は、被告の経営に参画し、一般預金者と異なる経営状況に関する重要な情報を有していたのであるから、その破綻について責任があることなどから考えると、原告の本訴請求は、信義誠実の原則に反し、権利の濫用であって許されない。

(2) 原告の主張

ア 原告の経営責任

前述したとおり、本件預金債権は、通常の預金債権であって、被告の経営破綻とは何の関係もないから、本件預金契約に関して原告が被告の経営責任を問われることはない。

原告が平成元年と平成二年に被告に対して行った合計八億円の追加出資は何ら違法、不当なものではないうえ、原告は、他に誰が出資をするか、その出資の原資をどのように調達したかなどの点について全く知らなかった。

原告の代表取締役社長であるA夫や己原、戊野などといった取締役は、被告の理事であっても、いずれも非常勤であり、被告理事会に出席していたものの、被告の経営に一切関与していなかった。原告は、被告の経営に積極的に参画していたことはなく、被告の経営破綻について何ら責任がない。被告理事長は、理事会において、東京都による定期的な検査があったことを報告していたが、この検査は日常の些細な内容であり常勤の役員会で処理して返事をするので承認願いたいとの説明をするだけであったから、理事会において都からの指示事項について具体的な議論がなされたことはなかった。

このように、A夫ら被告の非常勤理事は、被告の経営内容について、貸借対照表や損益計算書から得られる情報しか有していなかったので、被告の将来の経営破綻を予測することができなかったし、また、被告理事長たるG吉が行う業務執行行為について積極的に監視する義務もない。

以上のように、原告は、被告の経営について積極的に参画していた事実はなく、被告理事長の行為を積極的に監視する義務も負っていなかったのであるから、原告が被告の経営破綻について経営責任を負わないことは明らかである。

イ 信義則違反及び権利濫用

本訴請求は、本件預金債権に関する私人間の預金返還請求にすぎず、被告に対する本件預金の支払を求めるとともに、被告の事業全部を譲り受けたことにより右債務を併存的に引き受けた引受参加人に対しても同様の債務の履行を求めるものであって、原告は、本件預金の支払に公的資金を拠出させることを目的として本訴を提起したものではない。

被告は、東京都から業務停止命令を受けて経営が破綻した平成七年七月三一日の時点において六〇五〇億円の資産を有しており、そのうち二二五〇億円が正常資産であり、二二〇〇億円が回収可能な債権であることなどから考えると、原告の本件預金の返還訴訟が被告の責任財産の範囲を超えるものでないことが明らかである。

債務者に破産等の法的倒産処理手続が採られていない以上、債権者は各自個別的に権利行使することができるのが法律上の大原則である。債務者が倒産した場合においてかかる法的倒産処理手続の枠組みによることなく行政庁の恣意によって特定の債権者の個別的権利行使が制限されることになれば、それは行政による個人の財産権への不当な侵害である。

右のとおり、被告の破綻処理策は原告の請求に何ら影響を及ぼすものではなく、また、前記のとおり、原告は被告の経営破綻について何ら経営責任を負うものではないことなどの事情を考慮すると、本件預金債権の行使が信義誠実の原則に反し権利の濫用に当たるとの被告らの主張は理由がない。

(三)  商事法定利率の適用について

(1) 原告の主張

被告が営業として行っていた預金の受入れ及び貸付業務は、商法五〇二条八号に規定する銀行取引であって同号の商行為に該当する。

また、被告は、自己の名をもって右商行為を業として行っていたものであるから商人に該当し(商法四条一項)、右預金取引は被告の営業のためになされたものであるから商行為に該当する(同法五〇三条)。

したがって、商行為たる預金取引によって生じた本件預金債権の遅延損害金債務には商法五一四条の適用があり、商事法定利率が適用される。

(2) 被告及び引受参加人の主張

被告は、中企協法に基づいて設立され、組合員の相互扶助を目的とする中間法人であって営利を目的としないから、営業として銀行取引をなすものではなく、商法五〇二条八号の適用はない。

また、被告は、非営利法人であって商人ではないから、同法四条一項、五〇三条の適用もない。

したがって、本件預金債権の遅延損害金債務には商法五一四条の適用がないから、民法所定の利率が適用されるべきである。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実等、証拠(≪証拠省略≫)、証人辛田J郎、証人壬岡K介、証人甲山A夫、証人癸井L作の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告と被告の関係

(一) 原告は、被告に対して一〇億円の出資額を有する出資者であり、原告の被告に対する出資の割合は、昭和六三年から平成七年までの間、いずれも法定限度額である一〇パーセントである。

被告は、原告の株式を有する株主であり、昭和六三年度以降における原告の発行済株式総数に対する被告の所有株式数の割合は、昭和六三年度が八・一一パーセント、平成元年度が七・七三パーセント、平成二年度が八・六〇パーセント、平成三年度が九・一三パーセントであり、平成四年度以降平成七年度まで九・一六パーセント(平成七年度一一一七万三〇〇〇株)であって、いずれの時期も被告が筆頭株主である。

(二) 平成六年三月時点において原告と被告の双方の役員を兼務している者は、原告代表取締役会長兼被告理事長であるG吉、原告代表取締役社長兼被告理事であるA夫、原告取締役兼被告副理事長である丁沢D介、原告取締役兼被告理事である甲山H夫、原告常務取締役兼被告理事である戊野E作、原告常務取締役兼被告理事である己原F平及び原告取締役兼被告常務理事である庚崎I雄の七名であり、原告取締役総務部長丑木M平が被告組合員総代に選任されている。

なお、原告のメインバンクは、従来から、原告の大株主である三和銀行であり、同銀行が取引金融機関の中で原告の預金額が最も多く、他に、原告の大株主であるさくら銀行、富士銀行及び東海銀行へも被告とほぼ同等に原告の預金が行われている。また、原告は、被告から融資を受けておらず、必要な資金を三和銀行などから借り入れている。

2  被告の経営状況

(一) 被告の預貸率(預金に対する貸出金の比率)は、平成六年三月三一日時点で一一三・八〇パーセントであり、同年七月一二日時点で一一五・二九パーセントである。

(二) 被告の有する債権のうち、回収不能債権及び回収懸念債権に分類される債権の比率は、平成三年度(基準日同年一〇月一日)に一二・九二パーセントであったが、同四年度(基準日同年一〇月一二日)三八・五〇パーセント、同五年度(基準日同年七月一二日)四三・六〇パーセント、同六年度(基準日同年八月三日)四七・二〇パーセントと平成四年度以降年々上昇した。

(三) 中企組法九条の八第二項、第三項によれば、信用協同組合は組合員以外の者(国等及び配偶者を除く)の預金又は定期積金の受入れ(以下「員外預金」という。)を行うことができるが、その合計額は当該信用協同組合の預金及び定期積金の総額の二〇パーセントを超えてはならないとされているところ、被告の員外預金の比率は、平成五年度が八九・三〇パーセントであり、同六年度においては八七・六〇パーセントであった。

(四) 被告の経営状況に関して、週刊雑誌である「週刊東洋経済(平成七年四月一五日号及び同年五月一五日号)」は、平成七年二月末日時点における被告の預金が前月比一五六億円減少したこと、被告の預貸率が一一四パーセントに上り、金融機関でありながら他の金融機関からの借入金によって資金繰りを行っていること、同年三月末日時点における被告の直前二か月間の預金減少額が三三三億円に達していることなどを報道しており、その後、週刊雑誌である「週刊新潮(平成七年七月六日号)」も、被告への預金額の減少などの事実を指摘している。

また、被告は、監督庁である東京都から、業務及び財産の状況について検査を受け、その結果、平成五年及び同七年に、業務改善事項として、自由金利定期預金に偏重した預金増強の抑制、預貸バランスと恒常的な多額借入金体質の改善、貸出審査体制の改善、内部管理の確立、大口信用貸出、員外預金の増加の抑制などの指示を受けた。

(五) このように、被告は、経営が悪化する一方であって、平成七年春ころには自主再建をすることが困難な状況に達していた。

3  破綻処理の経緯と本件処理スキームの内容

(一) 東京都は、被告の自主再建が困難な状況にあったことから、関係機関との間で被告の破綻処理の方策を検討していたが、平成七年七月三〇日、マスコミの報道により預金の流出が懸念されたため、大蔵省、日本銀行などと協議した結果、被告の預金者を保護する目的で被告に対し財政資金を投入することを決定した。また、同日、全国信用協同組合連合会は、被告に対し約五〇〇億円の無担保融資を実行し、日本銀行も、被告に対し預金払い戻し資金についての特別融資を行った。

しかしながら、翌三一日、被告からの預金の取付け騒ぎが起こるなどしたため(同年八月四日までに約九四〇億円の払い戻しが行われた)、東京都は、被告に対し、一部業務の停止と財産の保全を命じた。

(二) 被告は破綻処理に関し、東京都が大蔵省、日本銀行などと検討したすえに策定した本件処理スキームの基本方針は、被告が破綻したことについての経営責任を明確にすることとペイオフ(通常の企業における破綻処理とほぼ同じ内容の処理方法)を回避することであり、具体的には、破綻時点における被告の債務超過部分の穴埋めを行って債権債務のバランスを回復するために、次のとおり、金融機関による債権放棄等の手段を講ずるということであった。また、原告を含む被告の出資者に対しては、出資金の返還をしないこととした。

すなわち、東京都は、破綻時点における被告の債務超過部分を二三五〇億円程度と概算し、これを埋める方法として、①理事長であるG吉から私財の提供を受けること(五億円程度)、②関係金融機関に被告に対する貸付金の六割相当額を放棄させること(六三〇億円程度)、③関係金融機関から相当額の資金支援を受けること(二二〇億円程度)、④預金保険機構から仮にペイオフが実行された場合に支払われるべき保険金相当額の支払を受けること(一一〇〇億円程度)⑤信用組合業界から資金の贈与を受けること(一八〇億円程度)、⑥日本銀行から資金支援を受けること(二〇〇億円程度)、⑦被告が東京共同銀行に事業の全部を譲渡(事業譲渡契約)し、さらに、東京共同銀行が東京都信用組合協会に資産のうち回収可能債権を譲渡(債権譲渡基本契約)したのち、東京都が、「公益上必要がある」として地方自治法二三二条の二に基づき、右信用組合協会に対し債権の回収経費として補助金を拠出すること(一〇年にわたり合計二〇〇億円程度)及び原告ら被告関連会社から資金支援を受けること(一五億円程度)などの計画を立てた。

(三) 本件処理スキームに従った処理が進められた結果、平成七年八月一五日頃までに、被告に対する貸付金融機関のうち主要行である三和銀行、さくら銀行、富士銀行、東海銀行、千葉銀行及び東洋信託銀行の六行は、債権六割放棄案を受諾したうえ、被告の事業譲渡先に対し低利の融資を実行することにより債権の残り四割の額に相当する収益が得られるように支援する方針を固め、同年八月二九日頃までに、三菱信託銀行を加えた合計七行で、右事業譲渡先に対し、今後一〇年間に一一二〇億円を融資することを決定した。

更に全国信用組合中央協会は、金融機関の信用秩序を維持するため、同年九月一一日頃までに、本件処理スキームにおいて支援を求められていた一八〇億円について、各信用組合が過去五年間の平均業務純益、経常利益、預金量をもとに算出した額を分担して贈与することを決定した。

そして、東京都は、被告の不良債権を処理する東京都信用組合協会に二〇〇億円を一〇年分割で支出すること、初年度二〇億円を贈与することなどを決定し、同年九月二九日、都議会本会議で右支出のための補正予算案を可決した。

なお、被告に対するその余の貸付金融機関(二四機関)は、東京都知事の平成八年二月一九日付書面による要請により、同年三月一二日から二一日までの間に貸付債権(元本合計一〇四一億一四七五万余円)の元本金額の六割(合計六二四億六七三二万余円)及び利息、損害金、違約金等の全額を放棄し、元本金額の四割(合計四一六億四七四二万余円)の弁済を受けるという内容の債権放棄合意書を差し入れた。

4  原告の対応等

(一) 原告代表取締役であるA夫は、平成七年八月二一日、東京都労働経済局長壬岡K介(以下「壬岡」という。)及び同局参事官寅葉N吉の訪問を受け、壬岡らから、本件預金債権のうちの六割を放棄するようにとの要請を受けた。しかしながら、A夫は、法的根拠に基づかない提案を受け入れることは株主、従業員などの関係者を多数抱える株式公開会社である原告の立場上困難であるとして、右要請を断った。

(二) 原告は、同年一〇月二五日、本件預金の返還を求める本件訴訟を提起した。その後の同年一一月一五日、壬岡らは、再び、原告事務所にA夫を訪ねたが、その際は、本件預金の放棄に関して特段の話しをしなかった。

(三) 被告は、原告に対し、平成七年一〇月三日付をもって、原告の預金残高が合計二八億九六一五万九六五九円(元本、本件預金と同額)であることを証明する旨の残高証明書を発行し、引受参加人も、原告に対し、平成八年四月二日付をもって、同旨の残高証明書を発行した。

二  争点①(本件預金債権の法的性質)について

1  前記争いのない事実等及び右認定の事実関係、殊に、本件預金契約において原・被告が合意した預金の利率、満期日などの約定は、一般預金者のそれと同じであって、原告を特に優遇するような内容ではなかったこと、被告も、本件預金を一般の通常の預金と同等の扱い、預金として処理していたこと、被告と引受参加人との間の事業譲渡契約においても、特に本件預金債権を譲渡財産から除外していないことなどによれば、本件預金債権は通常の預金債権と同じ性質の債権であると認めるのが相当である。

2  これに対して被告らは、本件預金が預け入れられた平成六、七年当時、被告は、経営状態が悪く、資金繰りに窮していたが、中企協法による出資額の制限があり、原告から出資金の形で資金援助を受けることができなかったため、原告から預金の形式で資金を受け入れたものであり、原・被告間の緊密な資本関係や人的関係を合わせ考慮すれば、本件預金は、a1グループないしは甲山一族の意思に基づき、預金の名目で行われた事実上の出資金あるいは貸付金に他ならないなどと主張する。そして、前記認定事実等によれば、平成六、七年当時被告は経営状態が悪化していたことが窮われるから、結果的にみれば、本件預金が実質的に被告に対する資金援助となっていることを否定できない面がある。

しかしながら、本件預金契約は、原告と被告との間において締結されたものであり、その法的性質は契約時における当事者の合理的な意思解釈によって決するのが相当と解されるところ、前記の事実関係によると、本件預金契約は通常の預金契約と同様の外形的事実関係のもとで締結されたものであることが明らかであり、本件預金が、法定の出資限度額を潜脱するために実質的出資を行うとか、あるいは被告の特定の使用目的のために実質的貸付を行うといった通常の預金と異なる目的や内容を有するものである、との当事者間の明示又は黙示の合意があったことを認めることはできない。

また、原告と被告との間には前記認定事実で指摘したような資本関係や人的関係が認められるが、このことにより直ちに、個々の自然人又は法人の意思を超えた意思決定権を有するa1グループあるいは甲山一族なるものの存在を認めることはできず、結局、本件全証拠を精査しても、a1グループあるいは甲山一族が通常の預金契約と異なる目的を企図し、これに基づいて本件預金契約の締結が行われたことを裏付けるに足りる証拠はないといわざるを得ないから、右グループの意思が存在することを前提に本件預金契約の法的性質を論じることはできない。

3  右のとおり、本件預金債権は、通常の預金債権と同一の法的性質を有するものと認められるから、被告と引受参加人間の平成七年一二月八日付事業譲渡契約における譲渡財産の対象に含まれることが明らかである。そして、前記の事実関係によれば、右事業譲渡契約は、本件預金債権の債務者である被告と引受参加人との間だけで締結されており、原告は右の事業譲渡(債務引受)に同意していないから、右事業譲渡契約による債務引受は、併存的債務引受であると認めるのが相当である。したがって、被告と引受参加人は、本件預金債務について併存的(重畳的)に責任を負うものというべきである。

4  なお、原告は、被告が本件預金契約の成立を認める旨の答弁をしたことをもって、本件預金が預金としての法的性質を有することを自白したものであると主張するが、被告は、本件預金契約が形式的に預金契約の外形を有していることを認めるとの主張をしたにすぎないと解すべきであるから、本件預金契約の法的性質についてまでは、自白の拘束力が及ばないというべきである。したがって、その後被告が本件預金の法的性質を争ったことは、自白の撤回に当たらない。

三  争点②(信義則違反及び権利濫用)について

1  本件処理スキームについて

前記争いのない事実等及び認定事実によれば、被告は、平成四年度以降多額の回収不能債権及び回収懸念債権などのいわゆる不良債権を抱えるとともに、預金額が減少する一方で借入金が増加したため、平成六年ころから預貸率が一〇〇パーセントを超えるような経営状態に陥ったこと、その後、東京都、大蔵省、日本銀行などは、マスコミ報道が端緒となって被告からの預金取付騒ぎが発生したため、一般預金者保護を目的とした救済措置を講じることを検討し、その結果、本件処理スキームを策定してこれに従った破綻処理を行うことを決定したことなどの経緯が認められる。

しかしながら、本件処理スキームは、東京都、大蔵省、日本銀行などが被告の破綻処理を迅速かつ公平に進めるにあたり、経営責任の追及及びペイオフの回避を目的としてその基本方針を定めたものにすぎず、本件処理スキームの円滑な実施のために、被告経営陣を構成する個人の経営責任の追及、被告の大口債権者による一部債権の放棄などの協力と援助を当然の前提としているものの、それ自体が被告の債権者らに対し、当然に、法的拘束力等の強制力を有するものでないことはいうまでもない。したがって、被告らは、本件処理スキームが定められたことを根拠として、本件預金債権の返還請求を直ちに拒むことはできないというべきである。

被告らは、本件処理スキームの成立によって、本件預金債権は、原告の一部(六割)債権放棄によって減縮された内容の権利へと変更されたものであり、原告は、本件処理スキームの内容を認識していたにもかかわらず、これに基づく破綻処理の実行について何ら異議を述べなかったことからすると、当然に本件処理スキームについて同意したものとみなされるべきであるから、本件預金債権の権利の変更について原告の同意が存在したというべきであるなどと主張するが、前記認定にかかる本件処理スキーム成立の経緯、内容及びこれに対する原告の対応などに照らすと、本件処理スキームに対して異議申立てなどの法的な手段を講じないことをもって、一部債権放棄等の自己に不利益な処理方針を承認したものと認めることは困難であるし、原告が東京都に対し本件預金債権の一部放棄を明示的に拒絶したことも前記認定事実より明らかであるから、被告らの右主張は理由がない。

2  原告の経営責任について

前記争いのない事実等及び認定事実からも明らかなように、原告は、被告以外にも多数の株主を有する一部上場企業であって、資産の維持や充実について、一般債権者や株主に対し法的な責任を負っている。他方、被告も、原告以外に一万人以上の出資者(組合員)を擁する信用協同組合であって、一般組合員は、その資産内容について同様に直接の利害関係を有している。右のように、原告と被告はそれぞれ個別独立の法人格を有するものであるから、原告と被告が実質的に同一の存在とみなされ、両者に別個独立の法人格を認めることが信義公平の原則に反するといえるような特別の事情が認められない限り、被告経営陣の構成員となり得ない法人たる原告が、被告の経営破綻について法的責任を負うことはないものというべきである。

もっとも、前記争いのない事実等及び認定事実によれば、原告と被告との間に、緊密な資本関係があり、相互に役員の兼任が行われるなどの密接な人的つながりもあったことが認められるから、被告の役員を兼ねる原告の取締役らが、被告から、被告の経営状態が悪化したことや経営が破綻したことについて、個人として何らかの法的責任を追求される可能性がないとはいえないが、右原告取締役らの経営責任は、原告と右取締役らの人格が法的にも同一視されるような特別の事情がない限り、これら取締役と別個独立の法人格を有する原告に影響を及ぼさないものとして、原告の責任と別個に考えるべきであり、右個人責任をもって法人たる原告の責任と同視できるとする被告らの主張は、両者の別個の責任を混同するものであって採用できない。

また、被告らは、被告の経営状況についての東京都からの指示事項に対する回答書の提出を議題とする被告理事会において、被告の理事を兼務する原告の取締役らが右回答書を異議なく承認していることなどから、原告も被告の経営内容と都からの改善指示事項を知り得たはずであり、右兼務理事を通じて是正に務めるべきであったとして、原告が被告理事長の違法な業務執行に対する監視、監督義務を懈怠したなどと主張するが、原告の取締役が兼務理事として右業務監督責任を個人的に負う場合があることはともかく、被告理事ではない法人たる原告自身が右のような監視、監督義務を負担すべき法的根拠が明らかでないうえ、前記認定の事実関係や本件証拠に照らしてみても、原告が被告の経営について直接法的責任を負うといえるほどの特別の事情は見当たらない。

さらに、被告らは、前記のような原・被告間の資本関係及び人的関係を前提にして、被告は実質的に原告あるいはa1グループの意思によって支配されており、原告は、被告の実質的な理事として、被告の経営全般を指導する地位にあって、これを監督する義務を負っているから、原告は被告の経営破綻についても責任を負うべきである旨主張するが、原告は被告の大口出資者であるものの、被告も原告の筆頭株主であること、G吉は原告の代表取締役会長であるが被告の理事長でもあり、A夫も原告の代表取締役社長と被告の理事を兼ねていること、原告は、三和銀行をメインバンクとして取引しており、複数の大口預金先の一つとして被告に預金をしているだけで、被告からは全く融資を受けていないことなどからすると、両者の関係はいずれか一方が他方を当然に支配するようなものではなく、原告が、被告の経営全般について、実質的な意思決定をし、これを指導監督すべき義務を負い、その経営破綻について法的責任を負うべき地位にあったものと認めることはできない。また、仮に被告らの主張するようにa1グループあるいは甲山一族なるものが存在するとしても、それらと別個独立の法人格を有する原告が被告の経営責任を負担しなければならない法的根拠とはなり得ないというべきであり、本件全証拠関係に照らしても、原告と被告に独立の法人格を認めることが信義公平の原則に反するような特段の事情はないといわざるを得ない。

3  信義則違反及び権利濫用について

以上の認定、判断、特に、本件預金債権は、通常の預金債権と同一の法的性質を有するものであること、本件預金がなされたことが被告の経営破綻に具体的な悪影響を与えたことを認めるべき証拠はないこと、被告の経営破綻処理策である本件処理スキームは、東京都、大蔵省、日本銀行らの主導によって作成された処理案であり、原告を含む被告債権者及び一般預金者に対する法的な強制力を伴わないものであること、原告は、東京都から、本件処理スキームに沿った形で本件預金債権の一部放棄を要請されたが、これに対して明確に拒絶の意思表示をしたこと、東京都は、原告の右拒絶の意思を知りながら、都議会本会議において本件処理スキームに従った二〇〇億円の支出を決定したこと、原告は、本件処理スキームの実施により一〇億円の出資金の返還を受けられなくなったうえ、もし元金三〇億円近い本件預金の返還を受けられなくなるとすると、巨額の損失を被ることとなり、原告の一般債権者や株主等に相当の影響を及ぼすこと、原告が別個独立の法人格を有する被告の経営破綻について責任を負うべき法的根拠や特段の事情が存在しないことなどの諸事情に鑑みれば、本訴請求にかかる原告の本件預金債権の行使は、信義則に反し権利濫用に当たるとまではいいがたい。

もっとも、前記の事実関係によれば、被告らが主張するように、本件処理スキームにおいて、原告は、被告と密接な資本関係及び人的関係を有する者として、東京都や大蔵省から債権の一部放棄と資金援助を求められる立場にあったこと、A夫など被告の理事を兼ねていた原告の取締役らは、被告の理事会などを通じて事実上被告の経営状態、資産状況等を知りうる立場にあったから、他の一般預金者よりも多くの情報に接することができ、被告の経営状況の改善をなし得る可能性があったこと、本件処理スキームは、一般預金者を保護することが主たる目的であり、公的資金の導入により大口預金者を一般預金者と同様に保護することを予定していなかったことなどの諸事情が認められ、これらを総合すれば、原告は、他の一般債権者及び一般預金者とは異なる特別な地位にあったものであり、道義的には、被告に貸付を行っていた他の金融機関と同様に、その一部債権放棄を期待されていたものであったことが十分に窺われる。

しかしながら、前記の事実関係によれば、東京都は、原告が本件預金債権の放棄を明確に拒否しており、後にその返還請求権が行使されれば、結果的に本件預金の返還に公的資金が使用されうることを認識しながら、これに対する措置を講じないで、被告の破綻処理に当たり公的資金を導入するとの補正予算案を可決したものであるし、引受参加人も、同様に右の事情を認識しながら、本件預金債権を除外せずに、これを含んだ事業譲渡契約を締結したものであるから、この点を考慮すると、本件預金債権の返済原資として右公的資金が使用される可能性があるとの事実をもって、本件預金債権の行使が権利濫用に当たるということはできないというべきである。その他、本件記録に現われた一切の原告と被告との間の人的、物的な特別の関係等を考慮したとしても、通常の預金債権である本件預金債権の行使について、それが、原告に対する道義的な期待を超え、法的にも信義誠実の原則に反し権利の濫用に当たり許されない、と認められるほどの事情があるとまでいうことは困難であり、他に被告らの前記主張を認めるに足りる事情は証拠上認められない。

四  争点③(商事法定利率の適用)について

商法五一四条によれば、商行為によって生じた債務については商事法定利率の適用があるものとされているところ、商行為によって生じた債務とは当事者双方にとっての商行為から生じた債務である必要はなく、当事者の一方にとって商行為となるものであれば足りる(商法三条一項)ものであり、また、商行為によって生じた債務の不履行に基づく損害賠償債務についても同条の適用があるというべきである。

本件において、原告は営利を目的とする株式会社であって商人であり、原告が自己の資金を預金として被告に預け入れる行為は、営業のためにするものとして商行為に該当する(商法五〇三条)から、本件預金の支払債務の不履行によって生じた遅延損害金についても商法五一四条の商事法定利率の適用があるというべきである。

第四結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がある。

(裁判長裁判官 市川賴明 裁判官 黒津英明 竹下雄)

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